薬学生から医学生、そして医師へ

薬学部から医学部に学士編入した医師によるブログ。初期研修医として日々研鑽中。実はチョコ屋さんでもあります。

心の中の分かれ道のお話。

僕がまだ札幌に住んでいた今年の2/22の出来事。

 

自分の中にある価値尺度の天秤を深く考えるきっかけとなりました。

 

以下僕のTwitterの投稿の転載です。

長くなりますがご了承ください。

 

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今日は、久々に生き方を考える出来事があった。
少し良い人ぶった投稿になりますが許してください。
(本当はこういうことは書かない方がかっこいいことも理解しております...)

今日、以前から入念に準備していたとあるウェブ面接があり、大学から家に急いで歩いていた。

時間に余裕があるわけではなかった。

そんな中、雪道で杖をついたおじいちゃんがとても歩きにくそうにしていたのを見かけた。

今にも目の前で転びそうだった。

おそらく病気をわずらっており、身体は満足に動かせなさそうなのは、ぱっと見でわかった。

大腿骨を骨折なんてしたら大変なことになるぞと思った。

僕より先に通りがかった女性が、おじいちゃんを支えていたが、女性ひとりでは厳しそうだった。

僕は、面接に遅れてはいけないから急いでいたが、どうしても見て見ぬふりはできず、おじいちゃんの目的地まで、女性の方と2人でおじいちゃんを支えて歩いた。

途中、座って休みながら、おじいちゃんのペースでゆっくりと歩いた。

当然面接の時間は迫ってきていた。

ちょっと焦りながらも、その場を離れるとは言えず、、、(僕自身の生き方の信念上やその場の状況などいろんな要因が交錯していた)

でも無事、最後までおじいちゃんを送り届けることができた。

そして、結論から言うと面接には間に合った。
でも、面接に間に合わない可能性もあった。

面接が終わってから、ゆっくり考えた。
こういうときは、何が正しいのだろうと。

「すみません、面接があるので失礼します」と言うこともできた。
そもそも声をかけないという選択もあった。

面接先のお相手の方にとって僕が遅れることはご迷惑をおかけすることになるし、

その理由はどんなに良いことでも、お相手にとっては、関係のないことだよなという考えも巡った。

でも、かなり困っている様子のおじいちゃんと女性が目の前にいることを認識した上で、知らないふりをするのは、やはりできなかった。

これから僕は、医師になるんだという背伸びした自負みたいなものもあった。

もちろん次の予定の重要度と、目の前の出来事の緊急度や重症度にもよることは理解しているが、

自分の生き方の価値尺度を考え直す良いきっかけになりました。

(今日の面接はめちゃくちゃ大事だったので間に合ってよかった...笑)

とりあえずおじいちゃんが雪道で転ばずに、目的地まで辿り着けてよかったです。

あと

「病気になって、見ず知らずの人に迷惑をかけて申し訳ない」

というおじいちゃんの言葉が強く印象に残りました。

その言葉にどう返したらいいのか、適切な返事を自分の中に持ち合わせていないこともよくわかりました。

ここ最近でトップクラスに深みのある時間でした。

 

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さて、みなさんいかが思われたでしょうか。

もしかしたら同じような状況、いやそれ以上の究極の状況を経験された方もいらっしゃるかもしれません。

 

今回に場合は、歩けなかったおじいちゃんでしたが、これが心肺停止している人だったら、

 

次の予定が面接でしたが、家族が亡くなる直前という連絡が入って急いでいる時だったら、

 

などいろんなことを考えると他者の利益を優先するのか、自分の利益を優先するのかという判断の天秤は、

 

常にゆらゆらと心の中で動いているんだということを思い知らされました。

 

みなさんの天秤は、毎日どのように動いていますか。

 

忙しい日々の中で、ちょっと立ち止まって考えてみても面白いかもしれません。